あのころの歌を

玄関のチャイムが鳴った。
俺が新聞を傾けるよりも先に妻が立ち上がった。持っていたアイロンのスイッチを切り、スリッパをはいて廊下へ出た。鍵の開く音を聞いて、俺はテーブルに置いた腕時計を見た。上の娘が塾から帰ってくる時間だった。
「ただいま」
どこか疲れているような不機嫌そうないつも通りの声と、リビングの引き戸の音が重なった。上の娘、来年の春には高校受験だ。運動部でさんざん体を動かしてから塾へ通っている。土曜日だというのに、今どきの子供は遅くまで習い事が−−−と思いかけて、少し考えた。今よりはるかに塾や受験の情報が乏しく、教科書や学校で配られるプリントや市販の問題集にただかじりつくしかなかった自分の世代と大変なのはどっちなのか、わからない。
「おかえり」
「どっちで食べる?」
リビングを通らずに、玄関から直接キッチンに入った妻が上の娘に聞いた。キッチンで食べるか、畳敷きのリビングで食べるのか、それを聞いている。
「こっち」
なにが入っているのか派手に膨らんだスポーツバッグを窓際に放り投げて、上の娘はアイロンがけを待つ洗濯物の中からテレビのリモコンを発掘し、画面に照準を定めた。
歌が流れていた。
俺は新聞からテレビの画面に視線を移した。
スポーツドリンクのCMが流れている。
その後ろに流れているのは、俺が学校を出て就職した年に流行し始めたグループの歌だ。一時期はそれほどでもなくなっていたが、ここ最近になってテレビのCMソングに採用され、再び注目されているらしい。デビュー当時とまではいかないが、ファンになる中高生が出だしているとも聞く。
「お父さん?」
そんな俺の目つきになにかを察したわけでもないだろうが、上の娘が俺に声をかけてきた。
「ん」
「この曲、好きなの?」
テレビを見ることはほとんどといっていいほどない俺がテレビから流れている今流行りの曲に耳を傾けていた。そのことが興味深かったのか。
妻がアイロンがけをしていたところに腰を下ろし、テーブルの新聞広告を出窓にどかしながら、上の娘が俺を見ている。
正直、俺はこのグループの曲は好きではなかった。だがもし、上の娘が気に入っていた場合を考えた。
「なつかしいなー、ってな」
当時の俺は、ロックやテクノ調のポップスを特に好んで聞いていた。
学校を出て世の中で働いて生きるようになったら、学生の頃によく聞いていたジャンルの曲をもっと聞いて、働いた金でライブに通うんだ。
そう意気込んでいた矢先に、今流れている曲を皮切りにこのグループがブレイクした。俺が好んで聞いていたものとは曲調がまるで違って、同じロックとはいってもフォーク色が強く、歌詞もどこか抽象的で、なにより中性的なボーカルの声色が当時の俺にはどうしても受け入れられなかった。流行そのものが変わって、今流れているようなフォーク調の曲や、女性ボーカリストのR&Bに流行の中心が移っていった。
俺がこれから生きていくというのに、どうしてこんな曲ばかり、自分の好みじゃないものばかりが世の中には受け入れられるんだ。
努力すれば報われるはずなのに、どうして俺は出張と残業続きなんだ。ライブに通い倒すどころか、休日が少なすぎるじゃないか。せっかくの休日も、疲れてなにもできないではないか。
どういうことなんだ。
自分の境遇の不条理をこのグループにぶつけていた時期があった。このグループにはなんの罪もないというのに。
「好きなのか」
「なにが」
CMは終わっていた。芸能人が雛壇に座って、話題になっている映像やニュースに驚いたり意見をぶつけたりする番組が途中から流れている。
「いまの曲」
「あたし?」
「ああ」
上の娘は首を横に振った。
「古いよ、このバンド」
「まあ、確かに」
俺は苦笑するしかなかった。
デビューしたのは俺が学生の頃、上の娘が生まれる何年も前のことだ。上の娘にとっては単なる古い曲の一つなのだろう。
この曲が取引先や居酒屋の有線放送で流れている頃、仕事に耐えきれなくなった俺は新卒で入った会社をたった2年で辞めた。
会社の元同僚や親の反対を押し切って、俺は元上司行きつけのスナックでアルバイトを始めた。
そこで働いていた妻と知り合って、親の反対を押し切って結婚した。翌年の春にスナックの常連客の紹介で別の職場に就職して、その年に上の娘が生まれた。
だれが言い出したのか知らないが、このグループの曲を聞かせると赤ちゃんは泣き止むと聞き、なかなか泣き止まない上の娘を抱いて部屋の中で歌い続けたこともあった。好きにはなれなかったが、上の娘が泣き止むためと、わざわざCDまで買って曲を覚えた。
上の娘に続いて子供が何人かになるころには、このグループの流行も山を過ぎて、俺自身が歌うこともなくなった。
そこからはもう、勢いだけのようなもので、気が付いたころには今、だ。
あの歌のせいだというのは言い過ぎかもしれないが。
妻が、温め直した夕飯をお盆に乗せてリビングへ来た。麻婆豆腐とサラダと煮付けだった。俺や他の子供たちの夕飯にはなかったグレープフルーツが一緒になっている。
その姿を見た上の娘が、いじり始めたスマートフォンをジャージのポケットにねじ込んだ。
つけっぱなしのテレビがまたCMになった。
また、あの歌が流れていた。
上の娘の夕飯をテーブルに置いた妻が、吸い込まれるような目をテレビに向けた。
それもわずかな瞬間で、俺以外に気取られる前に、妻はほったらかしだったアイロンがけに戻った。

(2015年6月7日)

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